やぶちゃん版萩原朔太郎全句集

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やぶちゃん版萩原朔太郎全句集

[やぶちゃん注:底本は一九七七年刊筑摩書房版全集第三巻及び一九八九年刊同全集補巻を用いた。底本にある初出と校合し、有意に違いがあると私が認めた初出のみ、当該句の後に三字下げで初出句を示した(但し、初出の誤植や掲載誌等の詳細データは目障りなだけなので省略した。それらが如何におぞましく目障りかはこの全集全体の構成の恐ろしい目障りさを味わった方には充分お分かり頂けると思う。せめて韻文部分は下に初出を置いて欲しくなかった。これは詩人の全集としては、致命的な誤りであった)。句の後に参考までに[ ]で初出(若しくは作句年代が分かるものはそちら)年を示した。なお、本文中の「『遺稿』より」の七句については、全集編者注に、生前に一括して雑誌発表の意図があったと思われ、原稿には自筆で割付指定がなされていたとの趣旨が書かれている。朔太郎の俳句は恐らく未だ未発掘のものがあるように感じられる。未掲載句に付いて情報をお持ちの方は、ご教授を切に俟つ。]

 

俳句

 

   ○

 

五月幟立つ家家の向うは海        [大正一四(推定)]

 

   ○

 

    暮鳥忌

磯濱の煙わびしき年のくれ        [大正一五]

 

[やぶちゃん注:初出雑誌『詩神』には前書に「暮鳥忌(持寄一句)」とある。]

 

   笹鳴

 

笹鳴の日かげをくぐる庭の隅       [大正一五]

 

笹鳴や日脚のおそき縁の先        [大正一五]

 

   笹鳴や日脚のおそき椽の先

 

   ○

 

天城ごえ伊豆に入る日や遲櫻       [大正一五]

 

青梅に言葉すくなき別れ哉        [大正一五]

 

[やぶちゃん注:以上二句は、雑誌『詩神』六月号の「南伊豆詩人漫行記」に所収。]

 

   ○

 

青梅あをうめに言葉すくなき別れかな   [大正一五]

 

[やぶちゃん注:初出は雑誌『キング』七月号。ルビと表記違いで特に示した。]

 

   ○

 

冬日くれぬ思ひおこせや牡蠣の塚     [昭和 八]

 

   冬日くれぬ思ひおこせや牡蛎の塚

 

[やぶちゃん注:同年十二月、西村月杖宅で催された句会での作。]

 

   ○

 

    我が心また新しく泣かんとす

冬日暮れぬ思ひ起せや岩に牡蠣      [昭和 九]

 

[やぶちゃん注:同年六月刊の「氷島」(改作)に収録。]

 

   ○

 

ブラジルに珈琲植ゑむ秋の風       [昭和一一]

 

枯菊や日日にさめゆくいきどほり     [昭和一一]

 

   ○

 

プラタヌの葉は散りはてぬ靴磨き     [昭和一〇]

 

冬さるる畠に乾ける靴の泥        [昭和一〇]

 

[やぶちゃん注:以上二句は、初出が昭和一一年二月号「句帖」であるが、詠草自体は、前年の十二月二十七日、大森澤田屋本館での句会の折のもの。]

 

   ○

 

虹立つや人馬にぎはふ空の上       [昭和一四]

 

[やぶちゃん注:昭和一四年四月二日『上毛新聞』に色紙写真として掲載された。]

 

    ○

 

人間に火星近づく暑さかな        [昭和一五]

 

秋さびし皿みなわれて納屋の隅      [昭和一五]

 

枯菊や日日に醒めゆく憤り        [昭和一五]

 

虹たつや人馬にぎはふ空の上       [昭和一五]

 

[やぶちゃん注:以上四句は、同年の雑誌『色即是空(すべてはながる)』四月(「号」の表示はない)に所収。]

 

『遺稿』より           [昭和一七(没年)]

 

  我が齢すでに知命を過ぎぬ

枯菊や日日にさめゆく憤り

 

  若き日の希望のぞみすべて皆空しくなりぬ

秋さびし皿みな割れて納屋の隅

 

  鳴呼すでに衰へ、わが心また新しく泣かむとす

冬日くれぬ思ひ起せや岩に牡蠣かき

 

  故郷に歸れる日、利根の河原をひとり歩きて

磊落と河原を行けば草雲雀

 

  わが幻想の都市は空にあり

虹立つや人馬賑ふ空の上

 

  隱遁の情止みがたく、芭蕉を思ふこと切なり

藪蔭や蔦もからまぬ唐辛子

 

  晩秋の日、湘南の或る侘しき海水浴場にて

コスモスや海少し見ゆる邸道

 

*[やぶちゃん注:以下は全集補巻分にある若き日の句である。]

 

  朧夜

加茂を出る忍び車や朧の夜        [明治三五]

 

  朧夜

朧夜や葎の女秀句あり          [明治三八]

[やぶちゃん注:以上の二句は、雑誌の懸賞俳句欄に載るもので前者が内藤鳴雪選、後者が巖谷小波選になるもので、投句者のクレジットは「上野みさほ」とある。]

 

   ○

 

裏戸から蘇秦が歸る燈籠かな       [大正 一]

 

但不知何日洛陽街頭牛車行         [大正 一]

[やぶちゃん注:全集補巻解題によれば、以上の二句は、従兄萩原榮次宛書簡に現れるものであるが、後者は『俳句と分類すべきかどうか疑問であるが、便宜上ここに收録した。』と記される。

但だ知らず、何れの日か洛陽街頭、牛車行くを

と読むか。芭蕉の漢文調や新傾向・自由律等を射程に入れれば、句ととるに何の抵抗もない――少なくとも私自身にとっては――という謂いに於いて、である。]